第18回「口腔ケアの実際」

公開日:2023/11/09

 これまで口腔ケアについてはいろいろ学んできましたね。では、今回はその実際についてお話ししましょう。もちろん各現場で状況は異なります。そこである症例を見ていただき、あなたの現場でのヒントになればと思います。

1 症例

高橋敏夫さん。88歳男性。脳梗塞後遺症で右半身麻痺。介助にて椅子に移乗できるが、日中はほとんどベッド上で過ごす。言葉を発することはできるが明確ではない。誤嚥性肺炎を繰り返し、半年前から胃ろうで栄養摂取。お楽しみ程度でゼリーなどを口にする。主な介護者は長男の嫁、美津子さん。上下に部分入れ歯を装着。自分で着脱はできない。

 

 

ある日の朝。

「お義父さん、おはようございます。朝ですよ」という美津子さんの声。

敏夫さんがうっすら目を開ける。そして口を開き、小声で

「あぁ」。

「今日はとてもいい天気ですよ。さぁ、お口の中をさっぱりさせましょうね」

と言い、水の入ったコップにガーグルベースン(水を受けるもの)、ブラシ類をベッドサイドにセットする。美津子さんは敏夫さんの右手のベッドサイドに立ち、電動ベッドを45度くらいの角度まで背上げをしていく。高さは腰を深くかがめなくてもケアができるよう上げていく。

両手の手のひらを敏夫さんの頬にあて、ゆっくり円を描くようにマッサージしていく。それから唇のあたりも優しくもんでいく。3分ほど続けていくと、

「お義父さん、今日も柔らかくなりましたね。これで口が開けやすくなりますね」

と声をかける。

ディスポのグローブをはめると、美津子さんは敏夫さんの口の中にゆっくり手を入れていく。部分入れ歯の針金部分を指でつまみ、入れ歯を外す。

コップを敏夫さんの口に当て、水を口の中にゆっくり入れていく。

「お義父さん、できるだけ強くブクブクしてくださいね」

というと5回くらいブクブクした。美津子さんが口元にガーグルベースンを置き、

「ここに水を出してくださいね」

と言うと、バーっと水を吐き出した。美津子さんが歯ブラシを持ち、

「じゃあ、お口の中をきれいにしていきましょうね」

と言いながら左手の人差し指で敏夫さんの唇を軽く開くようにして歯ブラシを口に入れる。全体をブラッシング。軟らかいブラシなので痛がられるようなことはない。それから再びうがい。

同様に今度は粘膜用のブラシを口の中に入れ、頬の上下、舌の下など、奥から手前、奥から手前とブラッシングしていく。そしてうがい。

保湿剤を左手の甲に1センチほど出して右手の人差し指でぐるぐるとなじませ、それをお口全体に広げるように塗布していく。

最後に上下の部分入れ歯を装着して終了。

美津子さんが

「お義父さん、さっぱりしましたね」

と言うと敏夫さんは満面の笑みで返した。

 

2 症例をみて

あなたの現場ではどうでしょうか。ここでいくつかのポイントの解説をしておきます。

まずは立ち位置。可能であれば要介護者の方の右手からアプローチするとケアがしやすいです(右利きの場合)。状況的に右手が壁などでスペースがないこともありますが、可能であれば右から入るようにしましょう。また、ベッド上のケアの場合、ケアする人は立つか立膝でのケアになります。

ベッドの背上げは90度まで上げられますが、全体の高さはそれほど上げられないこともあります。それぞれの状況に合わせて自分の姿勢を合わせていきましょう。

今回、敏夫さんは胃ろうという設定ですからお口の機能は低下しています。しゃべったり、食べたりという動きがなければ口の周囲は硬くなっているはずです。この状況でいきなり歯ブラシを入れると口も開きにくく、頬も硬くなっており伸ばしづらいため歯の側面の観察がしにくく、さらには痛みが生じることもあります。

こういうケースではしっかり周囲をマッサージしたり、軽くストレッチすることで動きやすく、組織も柔らかくなります。口腔ケアの準備運動だと考えてください。

また、口の機能が低下していると、口腔乾燥になっているケースがほとんどです。このような時は保湿剤を用います。

ポイントは、しっかりなじませて使うことと少量をお口全体に広げていくことです。多すぎると逆効果になるので注意しましょう。

 

次回は、さらに困難なケースについてお話しします。

歯科医師 五島朋幸

 

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