第28回「残根の話」

公開日:2024/07/25

歯が痛い高齢者

高齢者の方の1つの特徴として「残根」があります。歯の頭の部分(いわゆる見えている歯の部分)が折れてなくなり、根っこだけになってしまうことがあります。あなたは見たこともないし、想像もできないかもしれませんが、歯科訪問診療をする中では当たり前のようにあります。今回はその残根についてお話していこうと思います。

1. 残根

残根 口腔内

図1 上顎残存歯の多くが残根になっている(正面観)

残根 口腔内

図2 咬合面観

 

図1、2は高齢者によく見られるの残根の様子です。あなたの歯が折れるとどうなると思いますか?例えば、自転車に乗っていて何かの拍子に転倒し顔面を強打したとします。前歯が1本折れたとすると、とにかく出血もひどいのですが強烈な痛みに襲われます。歯がズキズキして鎮痛剤を多量に服用しながら歯医者に駆け込むことでしょう。

実際、写真のように高齢者の中には何本も歯が折れた方がいるのですが、そのたびにつらくて歯医者に駆け込んだでしょうか?実は多くの高齢者は痛みを感じずに歯が折れているのです。とても不思議ですね?

理由は2つあります。1つは、高齢になるまでにいわゆる歯の中の神経を抜く処置をしており痛みを感じないというケース。もう1つは、神経を抜く処置はしていないのですが、中の神経が劣化してしまい痛みを感じずに歯が折れてしまうケースがあります。いずれにしろ、あなたの歯が事故で折れてしまった時のような痛みはなく歯が折れてしまうのです。

このように歯が折れてしまう主な原因はやはりむし歯です。小さい頃は、歯の頭の上の方から下に(中に)向かってむし歯が進行していくのですが、高齢者の特徴として歯と歯ぐきの境目くらいの場所から横に進行していきます。林業で大木を切り出すとき、根の方に斧やチェンソーで切れ目を入れていき倒していきます。まさにそのイメージです。根元付近がむし歯で浸食され、最後はポキッと折れるのです。

 

2. 高齢者のむし歯

では、高齢者のむし歯はなぜ進行するのでしょうか。大きく分けると2つの原因が考えられます。1つは、お口の中の環境、もう1つは、歯ブラシをするという動きの要因です。

ご存じのように高齢者の多くは何らかの病気を抱えています。高血圧、糖尿病、脳血管疾患等。このような病気そのものでもお口の環境は変化します。さらに、それに対する薬の影響は大きく、多くの方が口腔乾燥状態(ドライマウス)になっています。唾液は口の中の洗浄や保護を行います。唾液があることで歯や頬や舌などの粘膜に食べ物がくっつくことを予防し、洗い流していきます。また、唾液のタンパクによって歯や粘膜表面が保護されます。口腔乾燥ではその大事な唾液が減ってしまい、むし歯になりやすくなってしまいます。

また、若い時は歯ぐきが歯の根を覆うようにあるのですが、年齢とともに歯ぐきが下がってしまいます。そうなると歯の根が見えてきてしまいます。普段見えている歯は白くて透明感があります。これは人間の体の中で最も硬い「エナメル質」という組織で覆われている状態です。しかし、根が見えた時点でエナメル質がなくなってしまいます。これは鉄壁の防御壁がなくなってしまうということです。そこからむし歯が進行してしまうのです。

もう一つ、一般的にも見過ごされていることがあります。高齢者にとって歯磨きがとても難しいということです。高齢の方が箸をうまく使えなくなり、スプーンで食べている方を見たことありませんか?そのような方は絶対うまく歯磨きができていません。あなたは今朝も普通に歯磨きをしたと思いますが、次に歯磨きをするときはブラシの動きをよく観察してみてください。巧みにブラシを持ちかえているはずです。上下左右、さらに表裏の面を磨くのですからブラシを持つ角度をそれぞれ変えなくてはいけません。そのためには指先の動きが重要です。ところが、高齢になると指先の力(ピンチ力)が落ちてきてしまいます。高齢の方がラーメンの袋を開けられないとかジュースの蓋が開けられないなどという話を聞いたことがありませんか?これらはピンチ力の低下から起きています。それと同時に、歯磨きも難しくなるのです。

歯磨きがしっかりできている状態からだんだん磨けなくなってきます。しかし、外からは「いつも自分で磨いている」「毎日5分くらいは磨いている」と見えてしまうので、磨けていない状態が見過ごされてしまうのです。数日であれば大きな問題はありませんが、数年にわたりそのような状態が持続し、むし歯も進行していってしまうことがあります。

 

高齢者のむし歯は若い時とは異なります。残根が多く残るとお口の環境にとってマイナスです。高齢の方のお口の環境にも関心を持ってくださいね。

 

次回は口腔ケアグッズの2回目として、その使い方のポイントもお伝えします。

歯科医師 五島朋幸

 

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