COLUMN"最期まで口で噛んで食べる!"
を目指して

PROFILEプロフィール

ふれあい歯科ごとう 代表
歯科医師五島 朋幸 先生

1965年広島県生まれ。
日本歯科大学卒業。博士(歯学)。歯科医師、ふれあい歯科ごとう代表。
新宿食支援研究会代表。株式会社 WinWin代表取締役。
日本歯科大学附属病院口腔リハビリテーション科臨床准教授。
東京医科歯科大学、慶応大学非常勤講師。
1997年より訪問歯科診療に積極的に取り組み、2003年ふれあい歯科ごとうを開設。訪問歯科の草分け的存在。地域ケアを自身のテーマとし、クリニックを拠点にさまざまな試みを行い、理想のケアのかたちを追求。 書籍出版、メディア登場多数あり。

Introductionーはじめにー

 皆さんは訪問歯科の存在をご存じでしょうか。20年以上訪問歯科診療を実践してきたものとしては、「実践してくれる歯科医師が増えたなぁ」と思ってしまいますが、社会的にメジャーとは言い切れません。しかし、今後も続くわが国の高齢化、そして食べるために最も重要な口の環境を整える専門家として、訪問歯科は重要な1つのキーになるはずです。
 私が東京都新宿区で訪問歯科診療を始めたのは1997年。偶然知り合った訪問の内科医に「在宅医療の現場に歯医者さんがいないんです」と言われ、興味本位でその医師の訪問見学をしました。そこで拝見した皆さんは、全員入れ歯を外され、食べられるものだけ食べる、食べられなかったらミキサーにして飲む、ダメだったら点滴、ダメだったら鼻からチューブ、ダメだったら死ぬ…という世界でした。歯科医師としてはとても悔しい現実を目にして「私が外された入れ歯を入れに行きます!」と宣言して訪問歯科を始めるようになりました。
 約25年の訪問歯科の経験から、在宅ケアの現場には、本当に多くの食の問題があることを痛感してきました。噛めない人、飲み込めない人、食欲のない方、食べることを拒否する方…。長年の経験があるからと言ってすべてを解決できるわけではありません。だからこそ、介護者の方たちの苦悩はよくわかります。
私たちは毎日、当たり前のように食事をしているのでそこに問題が起きてしまうことに驚いてしまいます。では食べられなくなった時はどうするのか?実は、答えは1つではありません。
 例えば、噛むことが難しくなった方。入れ歯を修理するだけで食べられる人もいるかもしれませんが、それだけでは解決できない方もいます。そんな時には噛むためのトレーニングが必要な人もいます。飲み込めない方にもいろんな状態があって、その方にあった対応が必要になります。
 今回の連載の目的はまさにマッチングです。自分の目の前に起きている問題は何なのか、それに対する支援は何かをイメージでき、誰が(どういった職種が)支援者なのかを理解できるようにしていきたいと思っています。

第1回「ボーっと食べてんじゃねーよ! 」

 皆さんにとってもそうでしょう。食事は楽しみです。美味しいものを食べる楽しみ、好きな人と食べる楽しみ、好きな場所で食べる楽しみ。そしてもちろん、人間は食べたものでできています。食べたもので活動しています。
そんな口から食べるということですが、人間の体にとってそれ以上の効果もあります。今回はその観点から「食べる」を考えてみましょう。

1.驚異!口から食べる3つの効能

  1. ①脳を活性化する
  2. ②免疫力を向上する
  3. ③お口の細菌を減少させる

①脳を活性化する

 皆さん、口はどんな働きをしていますか?食べる、しゃべる、息をする。他にも表情を作ったりします。冷静に考えて、これらの働き、人間が生きていく中でも重要な役割を果たします。ということは、想像に難くないとは思いますが、脳機能をかなり使っているということです。実際、脳からのアウトプット(運動神経)、脳へのインプット(感覚神経)とも1/4~1/3は口とつながっていると言われています。簡単に言うと、脳と口は密接に関与しているということです。
 僕は歯科医師という立場で、在宅の現場で食べることが難しくなった方も多く見てきました。そんな中で、それまで一言も発しないし、目をあけることも少なくなっていた方が、ティースプーン1さじのゼリーを食べられるようになると目をあける時間が長くなり、少ししゃべっていただけるようになったというような経験もしています。脳と口は密接に関与しているのですから、少しでも口から食べるということは脳機能をかなり活性化するのです。

②免疫力を維持向上させる

 皆さん「免疫」という言葉を聞いたことありますか?「免疫力が落ちて風邪をひいた」などと言いますね。難しいことはさておき、「自分の体を護(まも)るシステム」と思ってください。実は、口から食べることによって免疫力が維持、向上されることがわかっています。逆に、胃に直接チューブで栄養を入れる方法(胃ろう)など、いわゆるチューブ栄養だと免疫力が落ちてしまいます。
そもそも論として、この地球上で初めて顎を持った生物が発生した瞬間にできたのが免疫であると言われています。顎があるということは口から食べるということです。口から食べるということと免疫はダイレクトな関係とも言えます。

③お口の細菌を減少させる

 お口の細菌を除去するためには何をしますか?歯ブラシですよね。実は、しっかり噛んで食べることによってもお口の細菌は減少します。しっかり噛むことによって唾液が分泌され、お口の細菌を弱毒化していき、ゴックンと飲み込んで消化していきます。したがって食後すぐのお口の細菌数はとても少ないのです。逆に、お口から食べることが難しく、チューブ栄養だったり、流動食のようなものを食べている方だと唾液分泌がされずに、お口の細菌数が増加してしまい、誤嚥性肺炎のリスクも高くなってしまいます。
しっかり噛んで食べることでお口は清潔に保つことができ、虫歯や歯周病予防、さらには口臭などを抑える効果もあります。

 このように、口から食べることは楽しみや栄養のみならず、人間が生きていくうえで重要な役割を果たしているのです。もう一度自分の食事、そして食べることを見直してみてはいかがでしょうか。

2.最期まで食べたい!

 数年前の話です。訪問診療の患者さんに、胃ろうという方法で、チューブから直接胃に栄養を入れている高齢の男性がいました。数年単位で胃ろうを使っていて口から食べることが難しくなっていました。訪問歯科の依頼があり、ベッドサイドで何かこの方にできることはないか、少しでも食べていただけないかと考えている時です。その男性がずっと1点を無言で見つめていました。何かと思いその視線の先を見ました。そこにはテレビがあり、旅番組でレポーターがその土地のものを美味しそうに頬張っていました。その時の男性の寂しそうな眼は今でも印象に残っています。やはり、生きている限り食べたいという欲求はあるのです。

3.口から食べることへの支援

 口から食べることが難しくなることはあります。それに対する支援もあります。口から食べることの大切さ、意味を多くの方が理解することで、その方への支援へとつながるでしょう。

 次回のテーマは、「噛む」です。単に歯があれば噛めるというわけではありません。どうやったら噛めるのか、さらにはその噛むことの効用についてお話しします。

第2回噛めば噛むほど

 美味しいものを食べる。なんと魅力的な言葉でしょう。皆さんも大好きな食べ物を想像しただけでも少しよだれが出てきますよね。さあ、食べてみましょう。前歯で噛み切り、奥歯でしっかり噛む。そのうち大好きな味が口中に広がってきます。そして至福のひと時。では、噛めなかったらどうなると思いますか?歯ごたえもなければ味も変わります。全部が流動食って悲しくなりますね。噛むことは本当に重要なのです。
 そこで今回は噛むことを深掘りしていきます。

1.噛むために必要なもの

 さて、ものを噛むという時に必要なものは何でしょう。実は5つあります。
 真っ先に浮かぶのは歯ですね。もちろん重要ですが、それだけでは噛めません。しっかり噛むためには顎の筋力が必要になります。私自身の経験でも筋力が低下してしまい、噛み切ることができない方もいました。
 これで十分ですか?いえいえ、これらだけあっても噛めません。最も重要なことは、口に入った食べ物がどんな形態、どんな硬さを瞬時に認知するということです。ちょっと想像してみてください。目隠しをされて別の人が口の中に食べ物を入れる。口の中に入ったらそれを噛むという実験をしたとします。飴玉を入れられた時はガリっと噛みます。おせんべいならパリッと噛みます。マシュマロならスッと噛みます。マシュマロが入ったのに思いっきりガリっと噛む人はいません。口の中に食べ物が入った瞬間にそれがどんな形態の食べ物か認知できるのです。この認知が噛むこと、飲み込むことのスイッチになります。逆にこの認知がなければ、口の中に食べ物が入っていることがわからないので、噛む動きも起こりません。だからこそ最も重要なのです。
 そして動きの面で重要なのは、舌や頬の動きです。口の中に入った食べ物は舌が巧みに動くことによって歯の上に乗せられ、破砕されていきます。歯に乗せた食べ物が落ちないように頬や舌でおさえてもいます。
 さらに唾液が必要です。唾液中のムチンは強い粘性があり、食物を湿らし、食物を塊にしやすくして、噛むこと、飲み込むことをしやすくする効果があります。
 このように、噛むために必要なものは5つ。歯(または入れ歯)、噛む力(筋力)、食べ物の認知、舌や頬、そして唾液です。

2.噛むことの目的

 では、噛むことの目的は何でしょう。食べ物を小さくすることですか?実は違います。「飲み込める形にすること」です。同じように聞こえますが、小さくすることと飲み込める形は違います。例えば、硬いニンジンを刻んで口の中に入れて一気に飲み込めますか?きっと口の中全体でバラバラになってすぐには飲めません。それらを頬や舌でまとめて飲み込めるようにしてから飲み込まなければなりません。刻んだだけでは飲み込める形ではないということです。
 飲み込める形とは、バラバラな状態ではなく、ある程度の塊になっていないといけません。この塊のことを食塊(しょっかい)と呼びます。噛む目的は、食塊を作ることなのです。

3.嚙みきることと歯

 しっかり嚙むためには歯が必要なことは分かりますね。もし、歯がなくなってしまえば入れ歯等を入れていきます。だったら安心ですね…という訳にはいきません。健全な歯を持つ方と、総入れ歯の方と噛む能力を計測したところ、総入れ歯の方の噛む能力は、健全な歯を持つ方の約1/6と言われています。歯の形をしているのになぜここまで能力が落ちるのでしょうか。
 キーワードは歯根膜(しこんまく)です。歯はご存知のように根があります。歯の根の周りに存在するのがこの歯根膜で、とても鋭敏な感覚器官です。食事をしていて、髪の毛1本入っていてもすぐわかるというのはこの歯根膜があるからです。また、歯ざわり、歯ごたえを感じるのもこの歯根膜感覚です。この歯根膜は顎の筋肉とも密接に関与して、噛む動きをコントロールしています。歯がなくなってしまうということは歯根膜を失うということです。その違いが噛む能力の差になって出てきます。
 しっかり噛むためにも、噛むことを楽しむためにも自分の歯を大切にしましょう。

 次回は、噛むことと脳の活性化、さらに認知症予防になることをお話ししましょう。

第3回噛むことと認知症予防

 口から食べることで脳が活性化することはお話ししました(第1回)。食べるという行為は単純な動きの話ではありません。梅干を見ると唾液がジワッと出てくる、ということでもわかりますよね。この小さい赤色球形の食べ物は酸っぱく、食欲が出てきてご飯をかき込みたくなる…という記憶があるからこそ唾液が出てくるのです。他にも見た目や匂いなど五感をフルに活用しながら食べることを行っています。そう考えても脳機能をかなり使っていることは想像に難くないところです
 今回は食べるということの中から「噛む」ことに着目して脳への影響を考えてみます。そして噛むことと認知症予防の関係についても考えていきましょう。

1.噛むことと脳の血流量

 以前から、噛むこと、顎を上下運動させることで全身の血流がよくなることはわかっていました。しっかり噛むことで自律神経の中で、交感神経が優位になり、内臓脂肪が燃焼され、熱を発し、血流がよくなると言われています。難しい話ではありません。皆さんも美味しいものをガツガツ食べていたら額に汗していた経験がありますよね。噛んで食べることは運動なのです。また、寒い時に歯をガチガチさせて震えます。これも寒い時に全身に熱を生じさせるための反射と言われています。
 さて、全身の血流だけでなく、噛むことで大脳の血流量が増加することは以前から多方面の研究でわかっていました。しかし、そのメカニズムがわかったのは最近のことです。キーワードは「マイネルト核」と呼ばれる細胞でした(1)。
 ある動物実験の結果です。しっかりと噛むことによって脳の中で噛むことの動きを支配する部位(咀嚼野)が刺激されます。するとマイネルト核の活動が増加し、脳の血流量が著しく増加したのです。さらに、咀嚼野を刺激し、マイネルト核の活動を抑制したところ、血流量はあまり増加しませんでした。この結果からマイネルト核は脳の血流量に影響を与える重要な因子ということが分かりました。
 そして重要なことに、このマイネルト核は記憶や認知機能にかかわるもので、アルツハイマー型認知症では失われてしまうというものです。しっかりと噛むことでマイネルト核の活動を増加させること、これはまさに認知症予防なのです。
 もう1つ興味深いことが同じ実験で分かりました。しっかり噛むことで脳の咀嚼野は刺激されるのですが、噛むことをさせずに、咀嚼野に電気刺激を与えるだけでマイネルト核の活動が増加し、脳の血流量が著しく増加しました。ここからわかることは、実際に噛んで食べていなくても、噛むことをイメージするだけで認知症予防できる可能性があるということです。

2.噛むことと脳の活性化

 ものを噛むといっても単純ではありません。前歯を使う時、奥歯を使う時では役割が異なります。そこで、前歯と奥歯でグッと噛んだ時の脳の活性化について調べた研究があります(2)。ここで分かったことが2つ。1つは、前歯と奥歯で噛んだ時、活性化するする脳の場所が異なりました。つまり、前歯で噛むときと奥歯で噛むときでは指令する脳の場所が異なったのです。
 もう1つ、奥歯では強い力で噛んだ時に脳が活性化されたのに対し、前歯では弱い力で噛んだ方が刺激されました。奥歯の役割はパワー、前歯では繊細な力のコントロールが重要ということがわかります。これらのことから、噛むことは単純運動ではなく、繊細さと力が必要で、そのため脳の多くの部分を活性化させていることがわかります。

3.噛むことは認知症を予防するのか?

 直接的な証明は難しいにしても、噛むことと脳の関係について多くのことがわかってきました。噛むことで認知症を予防するという十分な状況証拠がそろっているといえます。皆さんも歯を大切にして、前歯も奥歯も万全な状態にしてしっかり噛んでくださいね。

 次回は、美味しさと歯の役割について考えていきましょう。

1)H Hotta et al.Involvement of the basal nucleus of Meynert on regional cerebral cortical vasodilation associated with masticatory muscle activity in rats, J Cereb Blood Flow Metab;40(12):2416-2428.2020.
2)K Moriyama et al.Reciprocal cortical activation patterns during incisal and molar biting correlated with bite force levels: an fMRI study.Scientific Reports volume 9, Article number:

第4回美味しさの正体

 口から食べる喜びとは何でしょうか。意外と立ち止まって考えることはありませんよね。ただ、「美味しいものを食べる」と言われてネガティブな感情にはなりません。口から食べることが心身の健康に直結していることは間違いありません。そこで今回は、「美味しい」とは何かを考えていきましょう。

1.美味しいを感じる2つの要素

 皆さん、「美味しいもの」と言われて思いつくものは…味ですよね。そうです、味覚です。もちろん美味しいものは味で感じますが、実はこれだけではありません。歯医者の私たちはよく患者さんにこう言われます。「入れ歯にしたら美味しくなくなった」と。歯医者になりたての頃、確かに入れ歯は歯ぐきを覆っているけれど、味を感じる舌を覆っているわけではないのになんでそんなことを言われるんだ?と思った時期もありました。実はこれこそが美味しさの2つ目の要素、食感(歯ごたえ)だったのです。今回はこの味覚と食感についてお話していきましょう。

2.味覚

 まず、味を感じるというメカニズムです。口の中で食べ物が咀嚼されると、食品の組織が破壊されます。それが唾液と混ざると、食品成分中の分子やイオンが溶出してきます。これらの化学物質(味物質)が舌にある「味蕾(みらい)」(正確に言うとその中に多く存在する味細胞)というセンサーで感知されると味を感じます。
 味蕾は上顎の天井や喉にも存在しますが、やはり舌に多く存在しています。舌の表面の大部分は、何千個もの小さな味蕾に覆われており、5つの基本の味(甘味、塩味、酸味、苦味、うま味)を感知します。残念ながら年齢が上がるにつれ、味蕾の数が減り、味を感じる感覚も鈍くなると言われています。中でも甘味や塩味を感じ取る能力が低下する傾向があるため、多くの食べものが苦く感じられる傾向があります。
この味蕾は短いサイクルで新陳代謝を繰り返すのですが、そこで必要になるのが亜鉛です。偏った食生活で亜鉛不足になってしまうこともありますが、高齢になると消化吸収機能の低下で摂取した亜鉛を体内に取り込めなかったり、血圧の薬や糖尿病の薬などを長期に服用していると亜鉛不足の原因になるといわれています。
その他、お口の乾燥(ドライマウス)だと、そもそも食べ物から味物質の分子やイオンが溶出されないので味を感じません。また、嗅覚も味覚と密接に関与しています。皆さんも風邪をひいて鼻詰まりの時にはよく味がわからないということを経験していますよね。
このように、美味しさを感じる味覚は全身の体調とも関与するのです。

3.食感

 皆さんは美味しいものをどう表現しますか?「シャキシャキ」「パリパリ」「シコシコ」なんて言いませんか?これがまさに食感です。かの北大路魯山人がこう述べています。「もともと食べ物は、舌の上の味わいばかりで美味しいとしているのではない。シャキシャキして美味いもの、グミグミしていることが佳いもの、シコシコして美味いもの…(中略)以上のように食べ物の美味しさ不味さの大部分を触覚が支配している。」
実は、味覚よりも圧覚、触覚(要は食感)の方が脳への伝達速度が数倍から数十倍速いのです。美味しさとは、味覚や食感などおいしさは、脳の総合的な情報処理の結果です。情報伝達の速さの差で、食感の方が美味しさに与える影響が大きいという研究者もいます ※1)。
この圧覚、触覚をとらえる器官を歯根膜といいます。まさに「歯ごたえ」をとらえる器官で自分の歯の根を覆うように存在しています。問題は、歯を抜いてしまうということは、この歯根膜がなくなるということなのです。だから、歯を抜いて入れ歯にしてしまうと美味しさが半減してしまうのです。
しっかり噛んで食べるというだけでなく、美味しく食べていくためにも歯を大切にしていきましょう。

 次回は、食べる姿勢についてお話ししましょう。

1)合谷正一:テクスチャーと美味しさ,科学と生物,45(9),644-649,2007.

第5回飲み込みと姿勢

 口から食べるということを分解して考えてみると、食べ物を口に入れる、しっかり噛む、のどに送り込む、そしてゴクリと飲み込んで食道に入れていくということです。皆さんが食事をする時はそんなことは意識せずに食べているとは思いますが、この過程の中で意外と重要なのはその姿勢です。そこで今回は、飲み込みの機能を理解する上で大切な食べるときの姿勢について考えていきます。

1.食事の姿勢と動作

 まず皆さん、天井を見上げて水分や唾液を飲んでみましょう。いかがですか?普段は何気にものを食べたり、飲んだりしているのに上を見て飲み込むだけでいつもと違ったのではないでしょうか。力を入れて飲まなくてはならなかったり、いつもは音がしないのにのどからゴクッと音がしたり。
 もちろん天井を見ながら食べたり飲んだりはしませんが、これはとても飲み込みにくい体勢です。そうなのです。機能が正常であっても姿勢が悪ければ飲み込みにくくなるのです。ましてや、食べる能力が低下している方が崩れた姿勢になるだけで飲み込めなくなるのです。
そしてもう一つ重要なファクターがあります。理想的な食べる姿勢がよく示されています。(下図参照例)。足底をしっかり床につけ、横から見た時、ひざは直角になるようにして背筋を伸ばし、軽く顎を引いた姿勢です。確かに、飲み込みにくい姿勢になる要素を省いていくとこのような形になります。しかしよく考えてください。皆さん同じ姿勢でずっと食べられますか?箸やフォークを持った手は動かなくてはならないでしょうし、食べ物を口に入れるときは体を前傾して迎えに行かなくてはなりません。コップの水を飲むときは少し顔が上向きになります。そうなんです。食事姿勢はとても重要なのですが、より広く、動作としても考えなくてはならないのです。

①背筋を伸ばして前かがみであごは引きぎみに ②テーブルの高さは、肘が90度に曲がる程度に ③背もたれのあるいすに深く腰掛ける ④足はしっかり床につける

2.食事姿勢で食べられるようになる!

 これは私自身が食事姿勢は本当に大切だ!と感じた例です。施設に入居した高齢男性。食事介助で食べておられたのですが、日によって食べられる日、食べられない日がありました。そこで私に診てほしいと施設から依頼がありました。私が診た日は「食べられる日」で機能的にも大きな問題がなかったため、食べられないのは覚醒や認知機能の問題ではないかと職員に話しました。その後も食べられたり、食べられなかったりしたのですが、後日、仲間のPTと福祉用具専門相談員が訪問をして姿勢と車いすの調整をしたその日から毎日食べられるようになりました。
 その男性は職員の介助でベッドから車いすに移動していたのですが、車いすにまっすぐ座るとちゃんと足底が車いすのフットサポートに乗り、上半身も安定していたのですが、日によって少しずれて座らされると片方の足が少し浮いてしまっていました(1、2センチ単位)。そうすると上半身が横に傾いてしまい、それで倒れ込まないように首に力が入り、飲み込めない姿勢になっていたのです。この時はPTがそのねじれを見つけ、福祉用具専門相談員が車いすのフットサポートと背中のシートの調整をしてねじれが起きにくい環境調整をしました。
このように、姿勢で食べられなくなる方もいますし、姿勢を治すことで食べられるようになる方もいます。

3.食事姿勢と食事時間

 食事姿勢を考える中で動作とも関与するのですが、食事時間も重要な因子となります。高齢な方で、食べる機能が落ちてくると食事時間が長くなる方がいます。本当に少しずつ食べていたり、途中休憩があったり。過去に1回の食事時間が2時間という方もいました。それは大げさにしても30分、1時間となってしまうと徐々に姿勢が崩れてくる方がいます。そうなるとさらに飲み込みが悪くなり、誤嚥のリスクが高まるだけではなく、食事時間がさらに長くなってしまいます。
このようなときは、姿勢が崩れたり、食べるスピードが落ちてくるタイミングで一度食事を中断して間食にしていくような手段がとられます。

 さて、今回は飲み込みの機能を考えるうえで重要な食事姿勢とは何か?なぜ重要なのかを考えました。次回はいよいよ飲み込みの機能について考えます。

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